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聖なる美と醜なる美の同盟関係 Joel Peter Witkinの写真

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目が釘付け、ということが時々ありますね。一方で目を背けたいのに覗きみたいという衝動もあったりします。頭を殴られたような感覚というのもあります。Witkinの写真集を見た時そんな感覚が一緒くたに襲って来ました。忘れたいのに脳裏に焼き付いて離れない、そんな感じです。

Witkinの作品にはトランスジェンダーな人たちが(この言葉適切でないと思いますが便宜上使います)がよく現われます。またフリークス、屍体などが多用され、古い写真や映画のような演出が加えられます。
どこまでフィクションでどこまでノンフィクションなのか曖昧にされています。
かつてあった見世物小屋の世界と言ってもいいし、そういう見え方を意識しているようにも思えます。

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見世物小屋を見てみたいという欲望の奥底にはいろいろな感情が交じっていますよね。
人の心というのは恐ろしいもので、教育や状況によってはどこまでも残酷にも怠惰にもなれるし、その逆に崇高にも善良にもなれます。
その事をみなどこかで知っています。でも社会はタブーとしてそれを隠し、そんなことは見ないで生きて行きたいという欲望もあるし、あえてそれを見て知った上で生きたいという欲望もあります。
この葛藤がWitkinの作品に接した後の動揺に繋がるのだと思いますね。

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Witkinの作品には戦争カメラマンであった事、家庭の境遇、幼い頃に遭遇した事故現場などが影響しているそうです。彼は見てしまったのでしょうね、そうした闇の世界を。アーティストの中にはそういう人がいます。こういうタイプの作品は熱狂的に支持する人も入れば嫌悪する人も多い、Witkinはそんな異端の写真家なのね。

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ここにはグロテスクなものは載せてません。倒錯ではあっても聖なる美しさが感じられるものを載せています。
でもそれだけでは片手落ちなのかもしれないですね。ご興味ある方はググって見て下さい。
性の境界線上にいる人は、両者の醜い所を持ち合わせる事もできるし両者の美しい所を持ち合わせる事もでき、その上でそれに磨きをかけるよう努力するので、類い稀な美しさを持つ事があるのではないでしょうか?
冒頭の写真、聖母のようにとても美しいと思います。まだそれほど女装やNHが巷に溢れていなかった頃、強烈に脳裏に焼き付いて離れなかった作品です。

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テーマ : 写真 - ジャンル : 学問・文化・芸術

TAG : Witkin art androgenous sayano

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