スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

男の世界、女の世界

ニューハーフの方とかよく、小さい時から女の子の中でばっかり遊んでましたとか、女の子の格好してましたとか、女の子の方が自然だったって人の話があるけど、私はあまりそういうのはないのね。その意味では男の子として育ってきた。でも普通の男の子だったかというとちょっと変わり者だったかも。

乗り物やヒーローものが好きというのは普通に男の子らしいところだけど、和ものの古いものが好きだったりして、へんなものに夢中になるところがあり、親に古風な子だなとよく言われました。
スポーツや男の子が集団で遊んだりするのが苦手で、特に闘争心を燃やすような遊びが嫌いでした。

大人に近づいてきても、酒を飲み歩く、タバコを喫う、パチンコやマージャンなどのギャンブルをする、バイクや車を飛ばした夢中になる、歓楽街や風俗などに行くなど多くの男の人が普通に好む世界は好きではありませんでした。
横柄で身勝手で闘争的で粗雑でという男の人にありがちな傾向も嫌いです。もちろん、自分にある部分も含めて。

女の世界が好きなのかというと、それもちょっとわかりません。
ファッションや美容にもともとすごく興味が強かったわけではなくて、女装っぽいことするようになってから。
料理はしますし、好きですけど、男の料理ですね。きれいずきともいい難いし結構ズボラ。
女の世界は、群れることが多いけどそれはちょっと面倒。
特別、女の世界に憧れてたわけでもないのです。
女性と話すのは好きですよ。異性としてだと思ってたけど、どうなのかな、同性っぽい会話かもしれない。ちょっと自分でもわからない。男性として意識されない傾向はあります。

男、女の世界と意識した時点で男同士、女同士の連帯意識があるように思います。
そういう連帯的な感覚や阿吽の意識みたいなのが苦手。

結局、変わり者の世界なんだろうと思います。世間一般でいう確固たる男の世界、女の世界の間というかちょっと外れたところというか、そういうところが好きなんだろうと思います。だから友人とは別にそうした共感を持つ仲間のような存在がいたかといえばいなくて、それはいまでも同じです。

だからネットで少し近そうな人を知ることは嬉しく、楽しいですね。
スポンサーサイト

テーマ : 女性化・男性化・中性化 - ジャンル : 心と身体

コメント

最新記事の内容を読んでの感想。。

 こんにちは、Sayanoさんの最新記事の内容のメンズのロングヘアについて、まず、読まさせて頂きました。僕個人的なことを申し上げれば、ロングヘアは、今後において増えるのではと考えています。

 理由は、世界経済の不安で特に、オリンピックが開催されるロンドンの状況を考えると、治安は依然よりひどくユーロ圏の国々も御承知のとおり、最悪です。

 このような時代には、若者世代にアメリカのヒッピーブームが起こり、過去男性もロングヘアをする人が増えていったことです。

 更に追記すれば、日本歴史から述べれば、明治政府が男性に対して、髷を切り散切り頭にして、髭を伸ばし、メイクアップを禁止したことは、当時の欧米列強の国に追いつくことを考えた大久保利通が参加した岩倉欧米視察団の影響です。

 次に読ませて頂いたのは、Andrej Pejic君についてですが、僕が彼をネット上で知ったのは、ブランドは忘れましたが、2010年に、MODELS.comのメールマガジン登録より送信されるニューフェイスのメンズモデルとして知りました。

 もともと、趣味ですがファッションは好きだったので、男女とも注目するモデルさんは、興味はありました。ただ、どちらかといえば、Kate Mossさん、Naomi Campbellさん、Gisele Bündchenさん、Alessandra Corine Ambrosioさんなど女性のモデルさんがファンでしたので、Andrej Pejic君が、注目したのは、2011Jean Paul Gaultierのレディスのショーで、ウエディングドレスで起用されたときです。このショーにより彼が世界的に注目を浴びたのは確かで、国内では、ファッション業界では、すべて知っている人は少ないと思いますが、ファッションの都といわれる、パリ、ミラノ、ニューヨークでは、大変な人気ですし、マスコミも多く話題になっています。

Andrej Pejic君に関しては、ファッション業界が創った、いわば男性・女性に新たに中性を表現しようという意図があると思います。

僕の場合は、その事がわかっても否定はしません。それは、僕自身の好きなブランドが、Paul SmithそしてD&G Dolce & Gabbanaの服を購入し、かれこれ10数年になりますが、時代とともにメンズは、落ち着いたデザインやカラーが増えてきてしまい、自分の好みが減ったときに、今から8年前にD&G Dolce & Gabbanaのブティックの女性スタッフさんからレディスの服を進めら、フィッテングルームで試着して、着れたことで、メンズだけでなくレディスのアイテムも購入の対象になり、最近はレディスを購入するのが、日本国で販売されるのはDolce & Gabbanaのファーストラインに限らず他のブランドやプライベートブランドも多くなりました。ただ、アイテムとして無理なのは、帽子、グローブ、シューズだけです。
従って、Andrej Pejic君がファッション業界でレディスを着ることは、ある意味中性の考えを持つ人には、一番参考になるのではないか?と思います。

最後に、参考までにファッション界というか、歴史的な経緯ですが、まずメイクアップ、我が国日本では、先程さらりといいましたが、メンズのメイクは、明治の前、つまり江戸幕府までは、貴族、武家は、たしなみとしてというよりも帝(天皇)に拝謁する場合は、白粉、お歯黒はする必要がありました。また、欧米では男性でも基礎化粧品をして商談するためには、会社でメイクアップの指導があります。しかし、日本では、いまだ明治からの考えが残っています。

また、シューズでいえばレディスが履いているハイヒールですが、これはメンズ・レディスも古代履いており、特にフランスの王ルイ14世は、背が低いので、ハイヒールを履いたのは有名。また、その後のルイ16世の時代に、抵抗勢力としてはい上がった、ナポレオン一世は、部下家来にライディングブーツ(今では乗馬ブーツ=ロングブーツ)を戦争のために履かせています。

 このように考えると男性、女性の区別が必要なのか?僕自身は疑問視します。
特に日本だけではないのでしょうが、各国の政治、経済、社会、文化、歴史、言語、宗教の違いがありますが、過去を知らずに、現在、とりわけ1945年(昭和20年)以降、今の現在までの価値観で判断している人が大変多く、認識不足ではないのか?と思います。

 僕はもともと女装とか男装という概念も考えていなく、自分は自分、他人は他人として見ています。従って、もし非難されるようであれば、例えば、国内の場合は、なんで、日本人なのに和服を着ないのでしょうか?と反対に洋服社会になった日本の人に言いたいですね。

 大変長い文章で失礼しました。
 

No title

Akira様
長いコメントにびっくり!
私のブログを真剣に読んでくださってありがとうございます。
ファッションや歴史に詳しくていらっしゃいますね。
歴史は繰り返すと言いますし、ファッションの世界は尚更です。
なるほど、業界の戦略もあるのですね。
中性的なスタイルが業界の意図であるにせよ、支持する下地がないと広まらないもの。トランスセクシャルな方向はあるのでしょう。
日本のメンズはちょっと保守的な気がします。
一方で明治以前、女装や同性愛に対して寛容なところがありました。日本の文化そのものが女系文化と言えるからかもしれません。ひらがながそのさいたるもの。明治の近代化で社会通念上は禁忌となりましたが、
底流では上記の伝統があるように感じます。
タイもそういう面で寛容な国ですが、仏教と何か関係があるんでしょうかね、気になります。

No title

 長いコメントを読んで頂きありがとうござます。

元々、歴史やその国の民族衣装などに興味があり、色々コメントさせて頂きました。

最初にAndrej Pejic君の事をもう少し申し上げれば、彼の生い立ちつまり、ご両親やお兄さんも含め、サラエボ出身であることは、ある意味、大変な時代背景で、彼が成長したことは、今モデルとして成功したことに、ご両親は一番安堵感があるのでは、と感じることがあります。あのボスニア・ヘルツェゴビナの内戦は、セルビア人とクロアチア人との民族戦争であり、ご両親一番心を痛めて、オーストラリアに移民したことで、Andrej Pejic君の現在があるので、大変よい選択をしたのでは、と思います。

 ボスニア・ヘルツェゴビナの人々から見れば、今一番の有名人として過言ではないと思います。

 また、Andrej Pejic君本人は、どのような仕事も引き受け、ファッション業界は、当分彼を必要とするでしょうが、ここ最近の1年余りにおいて、レディスの服飾関係が、多過ぎるのでは、危惧しています。つまり、経済的な話ですが、景気の善し悪しで、レディスよりメンズの服飾が売れなくなります。そうなれば、今の世界経済は更にしぼんでしまいます。

 僕個人としては、文句をいう必要は、サラサラないのですが、メンズの各ブランドもAndrej Pejic君をもっと起用するべきではないか?と感じます。

 話題は、代わり仏教の事について、追記しますが、僕が以前住んでいた自治体(名古屋市)に覚王山という日泰寺というお寺があります。ここは、超党派つまり宗派がない仏教寺院で日本とタイ王国との友好親善で創建され、この覚王とはブッダつまりお釈迦様のお骨が分骨されているお寺です。

タイは、先の戦争(第二次世界大戦)中には、日本と友好国だけでなく、植民地支配で唯一アジアで、わが国とともに欧米列強に負けなかった国です。

従って、アジアの国ではタイは文化面に関して一番信頼が高い国なので、その国からブッタの遺骨の分骨が許されていることは、仏教とのつながりが大変重要である国だと思います。

話題を少し変えますが、『稚児』をご存知でしょうか?僕は子供頃、幼稚園に通っていましたが、その幼稚園を経営しているのは、寺院で確か5歳の時ですが、お寺で、稚児行列に参加することがあり、当時の平安時代の和服をして、白粉、お歯黒など完全に平安貴族のようなスタイルで行列に参加したことがあります。

僕のメイクアップは、その時が最初です。この稚児は和歌山の高野山金剛峯寺(弘法大師の創建)が、女人禁制だったことで、若い男性を女装させたことが始まりと聞いています。

いくつか補足しましたが、また、興味の引く話題の提供をお願いします。

失礼します。

No title

レスありがとうございます。
アンドレイという名であれ?って思ったのですがボスニアなのですね。人種や民族の違いの不幸を体験しているから性という根源的な人種の超越を体現しているのかもしれません。とても示唆的ですね。
稚児の事は本からの受け売りで改めて書きたいと思いますが、
仏の成り代わり≒観音菩薩≒稚児として女装した少年は神性を帯びた存在として地位が高かったそうです。その少年と交わる事は神仏と交わる事として
容認されていたようです。
同じ事がもしタイでもあったのであれば謎が解けますね。
Akiraさんのコメントで一つなぞが解けました。ありがとうございます。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。